大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1661号 判決 1975年1月29日

昭和四七年(ネ)第一、七七六号事件控訴人、

同年(ネ)第一、六六一号事件被控訴人

半谷若松

右訴訟代理人

宮田勝吉

昭和四七年(ネ)第一、六六一号事件控訴人、

同年(ネ)第一、七七六号事件被控訴人

高橋金属株式会社

右訴訟代理人

松永繁雄

主文

原判決を次のとおり変更する。

昭和四七年(ネ)第一、六六一号事件控訴人は、同事件被控訴人が原判決添付別紙目録第一記載の土地を同目録第三記載の土地から南側公道への通路として使用すること(小型自動車による通行及びその停車のために使用することを含むが、その駐車のために使用することを含まない。)を妨害する一切の行為(自動車を駐車させることを含む。)をしてはならない。

同事件控訴人は、同事件被控訴人に対し、原判決添付別紙目録第一記載の土地上に設置された鉄製看板(地上からその底部まで約3.8メートル、頂部まで約7.1メートル、文字板の横幅約3.55メートル、縦約3.3メートル。但し、原判決添付別紙目録第一記載の土地の上空に存在する部分)を撤去せよ。

同事件被控訴人のその余の請求を棄却する。

同事件訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを三分し、その一を同事件被控訴人の、その余を同事件控訴人の、各負担とする。

昭和四七年(ネ)第一、七七六号事件控訴を棄却する。

同事件控訴費用は、同事件控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

(一)  当裁判所も、第一審原告の賃借権に基づく第一次的請求及び通行地役権を時効取得したことを理由とする第二次的請求は、いずれも理由がなく、囲繞地通行権に基づく第三次的請求については、主文第二、三項の限度で認容し、その余を棄却すべきものと判断するが、その理由は、左記のほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一〇丁裏二行目から、一一丁表一〇行目までを、次のとおりに改める。

「しかし、右共用通路について、第一審原告主張のような賃貸借契約が成立したことを認めるに足りる的確な証拠はない。もつとも、<証拠>によると第一審原告は昭和二五年一〇月二四日訴外大島新吾を相手方として昭和二四年九月分から昭和二五年一〇月分までの右共用通路の地代一、五二〇円を供託したことが認められる。しかし、<証拠>によると、第一審原告及び中島は、須田に対しても、また同訴外人から土地所有権を譲り受けた大島に対しても、それまで共用通路の地代の支払をしたことはなかつたこと、及び右供託当時第一審原告及び中島において、大島らに対して右地代の提供をしたところ、共用通路について賃貸借契約を締結したことはないといつて、その受領を拒絶されたため、第一審原告において前記供託に及んだものであることが認められる。しかも、<証拠>を総合すると、第一審原告は本件第三土地上の建物の二回目の増改築に際し、建築許可を受けるため必要があつたので、大島に本件共用通路の売却ないし賃貸方を申し入れたが同訴外人は、「通るだけならただ通れ」、などと言つて右申入れに応じなかつたため、第一審原告としては止むをえず大島にあて「坪数八坪の土地使用承諾は小生の建築許可申請の手続に依るものとして建築許可後は本承諾は抹消するものとす。」と記載した念書(乙第一号証、なお、第一審原告とともに右共用通路を使用していた前記中島は、立会人としてこれに署名捺印している。)を差し入れて、同訴外人から、第一審原告が前記許可申請に使用するため、共用通路部分を使用することを承諾する旨の書面の交付を受けたが、それは建築関係法規上の要件を満たすのに十分ではなかつたため、右書面は結局使用されなかつたことが認められる。上述のような供託に至る事情及び乙第一号証作成の経緯等に照らして考えると、前認定の供述の事実から、直ちに第一審原告主張のような賃貸借契約が成立したものと認めることは困難である。他に、第一審原告主張の賃貸借契約が成立したことを認むべき十分な証拠は何もない。」

2  原判決理由第四項の判断(原判決一一丁裏三行目から一二丁裏六行目まで)に、なお、次の判断を加える。

「最高裁判所の判決(第三小法廷昭和三〇年一二月二六日言渡、民集九巻二、〇九八頁及び第二小法廷昭和三三年二月一四日言渡、民集一二巻二六八頁)が、通行地役権の時効取得に関する民法第二八三条所定の「継続」の要件を満たすためには、承役地たるべき土地上に、要役地所有者によつて通路が開設されることが必要であるとする趣旨は、自然の通路又は他人が開設した通路を通行する者は、単にその通行の都度断続的にその土地を利用しているにすぎず、自ら開設した通路を通行する要役地の所有者のみが継続して土地を利用するものである、という考え方に基づくものであると解せられる。もつとも、「継続」の要件をこのように解すると、通行地役権の時効取得が困難になることは否めないが、元来通行地役権の時効取得の制度が種々の弊害を生じやすいものであることを考えると、その要件、特に「継続」の要件を右のように厳格に解することは十分理由のあることというべきである。従つて、当裁判所は、「継続」の要件について、今にわかに前記の各判例と異なる見解をとるべきものであるとは考えない。そうして、土地の賃借人が地役権者たり得ないことは、大審院昭和二年四月二二日判決(民集六巻二六八頁)以来、裁判所がくりかえし判示するところであつて、現在この理を改めるべき特段の事由は認められないから、賃借人は時効により通行地役権を取得することはできないものと解すべきである。してみれば、第一審原告が、その主張のように本件第三土地に対抗力のある賃借権を有していたとしても、同人は時効によつて通行地役権を取得するに由ないものというほかはない。」

3  原判決一三丁表一行目から一四丁表末行までを次のとおりに改める。

「従つて、第一審原告は、民法第二一三条により被告の所有地を通行する権利を有するものであるから、その通路の位置及び範囲について判断する。

まず、第一審原告がもと本件第四土地について賃借権を有し、これを本件第六土地とともに南側公道への通路として使用してきたところ、須田によつて一方的にこれを廃止され、その後は本件第一及び第二土地を、その所有者から異議を称えられることもなく第一審被告との紛争が起るまで、二十数年にわたり通路として使用して来たことは、前記引用にかかる原判決第一ないし第三項において既に認定したとおりである。

そうして、<証拠>を総合すると、第一審原告は、本件第三土地上に存するその所有の家屋において、第一審被告が本件囲繞地の所有権を取得する以前から、南側公道に向つて看板を揚げて、会社組織で電気工事請負業等を営んでいること、右家屋の出入口は、原判決末尾添付別紙第一図面ロ、ハ、付近にあり、そこから真直ぐに約9.3メートル本件第一土地を南下すれば公道に通ずること、右第一土地の巾員は約2.67メートルあり、右家屋に居住する第一審原告の家族の出入り、顧客の来訪のためにここを通行する必要があるのはむろんのこと、営業用の器材(主としてトランス等)の運搬、積み降し、人の乗降のために小型貨物自動車を出入りさせ、一時停車させるためには、右第一土地全部を使用する必要があり、第一審原告は、第一審被告が本件囲繞地の所有権を取得する以前から小型貨物自動車を所有しこの目的のために使用していたこと(但し、その後通路の使用につき第一審被告との間に争いを生じたため、昭和四七年一二月頃から以後、自動車の乗入れを差し控えている。)、公道への通路の巾員を2.67メートルより狭めるときは、右自動車の出入りに支障を来たすおそれがあるほか、第一審被告の土地使用状況のいかんによつては、前記看板は公道から人目につかないものとなり第一審原告の所有家屋の店舗としての価値(ひいては、その敷地である第三土地の利用価値)が少なからず減殺されるおそれがあること、第一審原告は、前記のとおり従来本件第二土地をも通行しており、原判決添付別紙第二図面タニ付近には、前記建物の台所出入口があるが、右第二土地は元来主として中島が賃借していた本件第五土地への出入りのため使用されていたところ、右土地はその後第一審被告の所有に帰し、第一審被告は現在第五土地への出入りのため特に第二土地を通行する必要はないこと、一方、第一審被告所有の建物(ビル)の東側の外壁は、前記第一図面トから、チリを結ぶ直線に平行に南に引いた直線、すなわち第一土地の西側のはしから更に九〇センチメートル西に寄つた直線上にあるが、それは右ビルにつき建築関係法規上の要件を満たす必要からそうしたものであること、このビルの東側外壁には窓があるだけで、第一土地への出入口等は設けられていないこと及び第一審被告は現在第一土地を、その所有の自動車一台の駐車の場所としているが、他にこれを駐車させる場所がないわけではないことが認められ、この認定に反する的確な証拠はない。

そこで、右認定の事実に基づいて判断する。まず、第一土地についてであるが、その巾員は約2.67メートルあるから、人の通行だけを考えるとその全部について通行権を認める必要もないようであるが、第一番原告の営業のためには、右程度の巾員の通路があることが必要であることは右認定のとおりであり、この必要性は将来もたやすく減少するものとは考えられない。他方、右認定の第一土地の従来及び現在の使用状況及び第一審被告所有のビルの現況からすると、第一審被告においては、第一土地を使用できないことによつて特に被害、苦痛を被るものとは認め難い。次に第二土地であるが、この土地を通行できないと、第一番原告においては、その住居の台所への出入ができないことになることは、右認定の事実から明らかである。しかし、右認定のとおり、第一審原告が第二土地をも通行していたのは、主として第五土地の賃借人であつた中島が第二土地を通路としていたことに付随するものであり、また、第一審原告としては、右台所への出入りができなくても、前記第一図面ロ、ハ付近の出入口から出入りできれば、その生活及び営業上特に重大な被害を受けるものとは認められないことからすると、右第五土地が既に第一審被告の所有に帰した現在において、第一審原告には、単に前記台所への出入りのためにだけ、第二土地を通行する特段の必要があるものと認めることは困難である。

叙上の、第一、第二土地付近の従前からの使用状況、第一審原被告の各土地に対する必要性、その使用を制限されることによつて双方当事者の被る苦痛の程度の比較考量、その他前認定の諸般の事情を総合したうえ、民法第二一一条の趣旨に則つて考えるのに、本件においては、第一審原告のために、第一土地全部について囲繞地通行権を認めることが必要であり、かつ、これをもつて足りるものと判断するのが相当である。そうして、また、第一審原告に認められるべき通行権の内容は、歩行による通行に止まらず、小型自動車による通行及びその停車(道路交通法第二条第一九号にいう停車を指す。)を含むが、その駐車(同条第一八号にいう駐車を指す。)を含まないものと認めるのが相当である。

第一審被告は、以上の判断と異なり、第一土地の全部につき囲繞地通行権を認めることは、民法第二一一条の趣旨に反するものであり、その巾員は人の通行に十分な一メートルの限度に止めらるべきものであると主張する。しかし、いかなる箇所にいかなる範囲で通行権が認めらるべきかの問題は、結局において、囲繞地の所有者が社会生活上その所有権の行使につき袋地の所有者のために忍ばねばならない制約の範囲をいかに解すべきかの問題にほかならないから、民法第二一一条の適用に当つても、同法制定後の社会環境や生活事情の変化等をも考慮に入れてこれを判断するのが相当であるところ、現代の社会生活、特に大都会において営業活動を営むためには、自動車の使用が極めて重要な意義を有するものであり、第一審被告自身も自動車の使用による便益を亨受していることその他前認定のような従前からの土地使用状況等を考慮すれば、第一審原告のために通行権の認めらるべき位置及び範囲は、以上に判断したとおりに認めるのが相当であつて、かく解することが民法第二一一条の法意に戻るものとは解されない。

第一審被告は、また、通行権は土地の上空にまで及ぶものではないと主張する。しかし、右述のように、いかなる箇所にいかなる範囲で通行権が認めらるべきは、囲繞地の所有者が社会生活上その所有権の行使につき袋地の所有者のために忍ばねばならない制約の範囲いかんの問題にほかならないから、通行権が土地の上空にも及ぶかどうかの問題もまた、通行権者が通行権の認めらるべき土地の上空を利用することを囲繞地の所有者において受忍することが社会生活上相当とされるかどうかによつて決せられるものと解するのが相当である。この見地から考えれば、通行権は袋地の所有者が土地の上空を利用できないことにより被る苦痛の程度、囲繞地の所有者が右上空の利用を制限されることにより被る被害、苦痛の軽重、その他従前からの土地使用の状況等一切の事情を考慮して社会生活上相当と認められる範囲において、通行権の認めらるべき土地の上空にも及ぶと解するのが相当である。ところが、<証拠>によれば、第一審被告が第一土地の上空に跨つて主文掲記のような巨大な看板(当事者間に争いのない文字板の寸法により計算すれば、その面積は、ほぼ八畳の間に匹敵する。)を設置するときは、このような看板の存在しない場合に比して、第一審原告の前記の看板及びその所有家屋(店舗)が南側公道から人目につく度合いは著しく劣るものとなることが明らかである上に、このような第一審被告の看板の存在によつて、第一審原告の被る精神的苦痛もまた軽視しがたいものがあるといわねばならない。これに引きかえ、<証拠>によれば、第一審被告の顧客はほぼ一定し、看板を見て来訪する、いわゆる「飛び込み」の客はほとんどなく、従つて同被告が現在第一土地の上空に設置しているような看板は営業上格別必要がなく、仮りにその必要があるとすれば、ことさら第一土地の上空にこれを設置しなくとも、第一審被告所有の前記ビルの前面にこれを掲げるのにこと欠かないこと、従つてまた、このような看板の設置は、第一土地が第一審被告の所有に属することを誇示し、第一審原告に心理的圧迫を加えること、すなわち同原告に対する嫌がらせを主たる目的とするものであることが認められる。前掲被告代表者尋問の結果中右認定に反する部分は信用しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみると、第一審被告が第一土地の上空にこのような看板を設置することを許されないことによつて被る苦痛、被害は、特に大きいものということはできない。以上のような事情に、さきに認定した控訴人被控訴人双方の従前からの土地使用状況その他一切の事情を考え合わせれば、第一土地について認められる第一審原告の通行権は、少くとも、前記看板の上限の高さまでにその上空にも及ぶと解するのが相当である。従つて、第一審被告がその上空にこのような看板を設置することは、その存在が第一審原告所有の小型自動車に営業用器材等を積載して第一土地に出入りする際に現実に支障を及ぼすかどうかにかかわらず、第一土地の上空にも及ぶ通行権の妨害を構成するものと認めざるを得ない。」《以下、省略》

(小林哲郎 間中彦次 日野原昌)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例